有名なお話ですからご存知の方も多いでしょう。矢が刺さって血がどくどく出ているのに「この矢は誰が放った。弦は何でできていて、矢羽は何でできているなどと考えてもしょうがない。早く引っこ抜くことが大事なのだ」という仏教のたとえ話です。
わたしたちは何でも知りたがります。何でも知りたい、わかりたいという気持ちを持っています。宇宙の果てはどうなっているのか、死んだらどうなるのか、幽霊はいるのかいないのかなど、とにかくどこまでも何でも知りたがります。
でも、本当に大事なことには目をつぶります。「う~ん、めんどくさいなあ」と思います。これはB型肝炎訴訟についても同じです。
「B型肝炎訴訟? 弁護士に頼むの? なんだかおおごとだな。めんどうだな」と思うかもしれません。「悪いのは国だ。俺はひとつも悪くないぞ」と思うかもしれません。
B型肝炎問題で国が悪いのはみんなが知っています。誰もそれを否定しません。でも、国が悪いからと大声で叫んで自分の正しさを訴えることと、今身体にささっているB型肝炎ウイルスという毒矢を引っこ抜くことはまるで別なのです。
肝炎ウイルスはいつ活性化するかわかりません。身体に毒矢がささっているのにそれを引っこ抜かずに「国が悪いからこんな目に遭った」といってもしょうがないのです。
まずやるべきことは自分の身体を自分の責任で、なるべく少ないリスクと手間でケアすることなのです。自分で毒矢を抜かなければ、誰も助けてはくれないのです。
他の誰も自分を助けてはくれません。だからこそ、今、肝炎訴訟を行うことは大切なのです。