「かたちなおければ かげたたし」と読みます。身体の姿勢をきちんとすれば、影も自ずから整うという意味です。

一見すると当たり前に思える言葉ですが、世界の真理の一端をつまびらかにしているのが禅語のスゴイところ。

私たちには、こころ、精神というものがあります。こころがあるから、あれがやりたい、これが欲しい、こういう人生を生きたいと色々行動してゆきます。

では、このこころ、精神を変えれば生き方だって当然変わることができるはずです。文字通り「心を入れ替え」れば、どんな聖人君子にも大富豪にもなれるはずです。ノーベル賞だってもしかしたら夢じゃないかもしれません。

じゃあ、この「こころ」をどうすれば取り出せるのか。目に見えないし、手に触れられない。あるのはわかっているのに、なんともし難いものなのです。

この「こころ」をととのえるためには、形をととのえねばなりません。たとえば、いつも猫背で悲しげにうつむいている人と、いつも背筋をピシッと伸ばして笑顔でほがらかな表情をしている人、同じ顔立ち、同じ能力でも五年・十年と見ていけばどっちが良い人生になるか自ずから明らかなはずです。

服装だってそう。お見合いの席で、同じ顔、同じ能力で、しっかりスーツを着ている人と、よれよれのTシャツとジーンズを着ている人、どっちを選びますか。

形を見るというのは存外大事です。姿勢であれ、スーツであれ「わたしはこういう人間なんですよ」とこころの主張を形で見ているためです。逆にいえば、形をととのえれば、自然と心もととのってゆく。

ここで大事なことは、自分がその状況に合うように形をととのえることにあります。B型肝炎でも「自分は肝炎で、いつ症状が悪化するかわからない」と、地面を見つめながらトボトボ歩いている人がいるとします。

でもそれに対して「検査もした。和解の手続きも行った。日々、自分でできる限り、精一杯健康には留意して、できることは全部やった。あとは運を天に任せるだけ」と堂々と胸を張って生きるのとでは雲泥の差があります。正確にいうと、形の上でも、精神面でも、幸福な人生として大きな開きを生み出すでしょう。

今、自分にできる精一杯のこととして形を整える。B型肝炎訴訟を考える際にはぜひ一助していただきたい言葉でもあります。