「いちにち作(な)さざれば、いちにち喰らわず」と読みます。

とても有名な禅語です。読書が好きな方の中にはご存知の方も多いことでしょう。 百丈懐海(ひゃくじょうえかい)という中国の高僧の話です。

高齢になっても毎日、えっちらおっちら畑仕事をしている百丈禅師を見て、弟子たちは「もうそんなお年で偉いのだから、畑仕事なんてすることないのに」と心配していました。しかし百丈禅師は聞き入れそうにありません。

そのため、ある日弟子たちは百丈禅師の畑仕事の道具を隠してしまいました。そうすれば禅師も畑仕事をしなくなるだろうと思ったからです。

ところが、道具を隠されてしまった禅師は、その日からずっと食事をとらなくなってしまいました。心配した弟子たちがたずねると、百丈禅師は「いちにち作さざれば、いちにち喰らわず」と答えたということです。

この話はそのまま読めば「働かざるもの食うべからず」と読めます。またそう解釈しておられる方は本当にたくさんおられますし、それは模範回答の一つといえるかもしれません。

当所がこの言葉を読むに、けだしもう一つ読み方があるのではとも受け取れます。それは「原因がなければ、結果はない」ということです。これは正しいとか、間違っているとか、立派とか、悪いとか、そういう話ではありません。

種まきをして耕せば野菜が実る。野菜が実らなければ、食事ができない。これ以上シンプルで厳然たる世界の摂理は存在しません。

この宇宙のありとあらゆる事柄が、このシンプルな一言に収まっています。

今回、B型肝炎でお悩みの方に申し上げたいのは、このシンプルな言葉。やれば、結果が出る。やらなければ、出ない。検査すれば、結果が出る。予防すれば、症状は抑えられる。放置すれば、具合は悪くなる。

シンプルです。ここに存在するのは、やれば結果が出る。やらなければ出ない。邪魔をするのは面倒だなという気持ちだけ。

世の中にはB型肝炎訴訟を行うべきかどうしようかとお悩みの方もたくさんいます。

そして、こういう方の場合「母親の状態が○○だから」とか「自分の仕事が今○○だから」と言ってなかなか身動きが取れないようです。

「今○○だから」と思ってB型肝炎訴訟をしない方は、実は単に動くのが面倒なだけなのです。そういう方は、どんな状況にあってもやっぱりやらないものなのです。

しかし、繰り返しますが良い結果であれ、悪い結果であれ、それを放置するのではなく、まずやってみること。相談してみることが何よりも大事です。

なぜこんなことを言うかというと、B型肝炎訴訟の相談をして、訴訟ができる、もしくはできないという結果が出たとします。その場合、出た結果の中でまた最善を尽くすことができるのです。

でも何もしなければ何もしない結果になります。ここで勘違いしてはいけないのは、何もしない場合、何もしないという結果が未来に出てくるのです。この結果、病気だけが進行したり、劇症肝炎が生じたりする可能性だって否めません。

健康は人生の柱となる大切なもの。B型肝炎にかかっていない人は、いない中で体重管理をしたりと最善の努力を尽くします。肝炎にかかっている人も、いる中で最善を尽くすべき。

身体をおろそかに扱えば、おろそかに扱うなりの結果が出ます。

「いちにち作(な)さざれば、いちにち喰らわず」

こんなシンプルな言葉でも、実は人生に大きな影響を与えるほど深い言葉でもあるのです。