『致知』という雑誌があります。経営者の方なら耳にしたことがあるかもしれません。孔子や王陽明など、東洋哲学を掲題に、毎月著名な経営者が社会へのありかたを述べている経営誌です。

2015年12月号に宮本祖豊氏および光永圓道氏の両住職による対談がありました。お二人とも死を賭した大変な荒行を満行された方です。

今回、宮本氏が述べられた内容がとてもすばらしく、肝炎患者さんにもきっとお役に立ちますので、一部を抜粋いたします。



比叡山十二年籠山行満行者
比叡山延暦寺円龍院住職 宮本祖豊氏

宮本:(略)私にとって最大の難関であったのは、浄土院で最澄上人に使える前に、身も心も浄めるために行う好相行でした。

浄土院の拝殿の奥の間で『仏名経(ぶつみょうきょう)』に説かれている三千もの仏の名前を一仏一仏唱えながら、焼香し、お花を献じ、そして五体投地、つまり両膝、両肘、額を床につけて礼拝し、そして立って、また体を折り曲げて礼拝する。三千仏ですから、これを一日三千回行います。それを仏さんが目の前に立つまで続けるのです。

(略)

歴代の満行者はだいたい三か月、三十万回ほどで目の前に仏さんが立つと言います。ところが、私は何か月やっても見てこないのです。見えるまでは何年でも続けなければならないのですが、行の最中はずっと眠らず、横にもなりませんから、どんどん痩せて首が細くなり、首がガクッと落ちて上がらなくなる。両手両足は割れて血が溜まり、膿んでくる。そのうち目の焦点が合わなくなり、平衡感覚を司る三半規管まで狂ってきて立っていられなくなり、九か月経ってとうとうドクターストップがかかりました。

礼拝を続けながら体力を回復させ、一年近くかかって再開しました。今度こそは、と決死の覚悟で臨んだのですが、やはり仏さんは一向に現れない。季節は冬になって、手足はまた割れて化膿し、体もどんどん冷たくなって麻痺し、顔は蝋(ろう)人形のように真っ白になる。死がすぐそこまで迫っている感覚がありました。

(略)

私の心境としては、もはや出し尽くしてしまってどうしようもないという思いでした。いまから振り返ると、仏さんを感得するにはそういう精神状態になることが求められていたわけですが、二度のストップがかかるほど私は多くの煩悩を抱えていたということなのでしょう。その囚われが、死の淵まで追い込まれてようやく消えたようで、三度目の行が始まって一か月ほどで目の前に仏さんが立ちました。

(略)

なぜそこまでしなければならないのかというと、自分の精神レベルを上げるためには自分の体を犠牲にしなければならない。それが行というものです。楽をして精神レベルが上がるものならそれに越したことはありませんが、レベルが上がるのに見合うだけの苦しみを自ら体験していかなければ、人間は一歩も成長しないのです。

満行したのは平成二十一年九月十一日ですが、不思議と達成感は湧いてきませんでした。一生が修行であり、死ぬまで自分の精神レベルを上げていくという目的がありますので、ある一定の期間が終わったからっこれでいいという気持ちにはならなかったのです。

ーーーー引用ここまでーーーー

大変に高度なお話ですが、こう捉えることもできるのではないでしょうか。

ここに一つのビー玉があります。このビー玉は一秒に一回回転します。そして回転するごとに色が変わります。一回回転すれば赤、二回目は青、三回目は黄色・・・そして八秒目、八回目に回転が止まります。

さて、ではこのビー玉を人に説明するにあたって、一体何色のビー玉だといえばいいでしょうか。

最初の色は最初の一秒だけ。最後の色は最後の一秒だけ。それらは正確ではありません。どうしても説明するのであれば、先に述べたように説明するしかありません。

もしこの八秒を八十年にしたらどうでしょう。人の一生になるのではないでしょうか。そして一つのことをずっと続ける。最後の最後の瞬間まで一つの色であり続けたのであれば、それはその色として完成します。

B型肝炎は身体はもとより、心にもつらい病気です。自分のせいではなく、社会の不如意によってウイルスとともに生きてゆかねばなりません。

ときに嘆きたい気持ちにもなるでしょう。悲しい思いもするでしょう。でも、肝炎と出逢うことで自分の魂・こころを磨き上げ、ただ嘆き苦しむのではなく、肝炎に対して自分はどう在りたいのかを立脚することはできるはずです。

あいつのせいで、こいつのせいでというのは簡単です。肝炎に関わりなく、世界中のほぼすべての人が毎日絶えずそう思っています。でも、それに対して自分はこのように関わろうと前向きに、かつ明るく主体的に思うことができれば、自分の魂という名のビー玉はより尊く光り輝くようになるでしょう。