合同船とは乗合船のことで、箴言として用いられる際は、唐の皇帝に南陽の僧が与えた偈(韻文)の一節とされます。

乗合船というと古めかしいですが、フェリーと考えても、飛行機や電車・バスととらえてもおかしくはありません。ともに同じ乗り物に乗る人には色々な人がいます。生まれたばかりの赤ちゃんもいれば、高齢者の方もいます。新婚カップルもいるでしょうし、ビジネスマンもいることでしょう。善人もいれば、悪人もいます。

いろいろな人がそれぞれの目的で、同じ乗り物にたまたま乗りあわせていますが、誰もがこの乗り物が事故に遭っては困ると思うはず。そういう意味で、ともに乗り合うということは、なにがしかの縁で少しの間、一緒に乗り合わせる運命共同体なのです。

これを広くとらえれば、わたしたちはみんな、同じ地域社会、同じ国家、同じ時代という乗合船の人間でもあります。より小さく捉えれば、無数の細胞で形成された自分の身体という乗合船に、自分は今乗っているともいえます。

このたくさんの部品で構成された身体という乗合船に、B型肝炎ウイルスというお客がたまたま乗っているのが、肝炎患者さんです。うっとうしい思いもするでしょうし、ときに肝炎ウイルスのことまで配慮しなければ、人生をうまく操縦しにくいこともあるかもしれません。

でも、自分が乗合船の船長だったとして、今の段階では肝炎ウイルスだけを船から下ろすことはできないのです。ウイルスを大事にする必要はもちろんありませんが、無限に広がる因果の中から、何か不思議な縁でやってきた珍客だと思えば、少し心が安らぐはずです。