B型肝炎と訴訟問題を考える

はじめまして。 B型肝炎に感染し、これまでとてもつらく、苦しく、悲しい思いをされたことでしょう。ここでは一緒にB型肝炎と訴訟問題について考えていきたいと思います。ここでの知識が、あなたのお役に立ちますように。

肝炎患者さんのための一日一語『直指人心』



「じきしじんしん」と読みます。

わたしたちは社会の中で暮らしています。人と人との交わりによって生きているともいえます。

でも、その度が過ぎてしまうと朝から晩まで他人の顔色をうかがい、あれやこれや危ぐしてむだな骨折りに終始してしまうことになりかねません。

直指人心とは、心を直接に見る。正面から向き合うことです。その心は他人の心ではありません。自分の心です。

他人がどう思っていようとそれは本来、他人のものです。自分の心が望んでいることは自分のものです。

B型肝炎に感染した方の中には、たとえば「肝炎のせいで恋愛もできない」とか「肝炎の事実が会社にばれたらどうしよう」と悩んでいる方もおられるのではないでしょうか。

そのために手を打とうと考えるのは良いことでもあります。でも、本来それは感染したあなたの問題ではありません。他人がどう思うかでいちいち悩むのはばからしいのです。

それよりも大切なことは、できる状況であるなら肝炎訴訟をすること。事情によってどうしてもできないのであればしょうがありませんが、訴訟ができる状況なのに「めんどくさいな」と思う気持ちがどこかにあるのではないでしょうか。

そういう心を正面から見つめ、エイヤと乗り越える。その真正面から突き詰め、乗り越える気持ちこそが何よりも尊いのです。

肝炎患者さんのための一日一語『也太奇』

「やたいき」と読みます。ごろも悪く、ぱっと見ても意味もよくわかりません。

也太奇とは「なんとも奇妙な」という意味です。

奇妙なこととは、予測ができないこと。いつも通りではないことです。空から魚が降ったり、地面がみんなおかしに変わったりすればなんとも奇妙なことでしょう。

B型肝炎に感染したことを知れば、みんな、おどろきや衝撃を受けます。また母子感染によって生まれたときからB型肝炎に感染しているのであれば、自分は人とは違ったリスクを負っているのだという気持ちが心のどこかにあるはずです。

もし、B型肝炎に感染した後、肝疾患の進行によって慢性肝炎や肝がんなどを発症してしまったら「どうして自分だけがこんな目に」とすら思う人もいることでしょう。

でも、そういう暗い気持ちになったとき、一度立ち止まってみてください。目を閉じて耳を澄ませてみましょう。小鳥のさえずりや、虫の鳴き声、風の音が聞こえないでしょうか。

B型肝炎に感染して暗い気持ちになったとき、そういう美しい音があることに気づいていたでしょうか。ここで述べられた言葉を実行して、初めて自分のこころの内に、それらの音が、さん然と立ち上がってきたのではないでしょうか。

私たちを取り巻くこの世界は「也太奇」です。良いも、悪いもなく、ただただ、不条理で理解できないものなのです。

B型肝炎は確かにつらいものです。でも、肝炎に感染したからこそ、社会の厳しさを知り、人の優しさを知り、医学の発展を知ることができたのも、また間違いありません。

世界は「也太奇」です。肝炎に感染せず、恋人と楽しくデートをしていたら、その最中に大事故に巻き込まれたかもしれません。ギャンブルにはまって借金まみれの生活になっていたかもしれません。

也太奇である、不条理であることに良いも悪いもありません。ただただ、今の現状を「ああ、そうなんだ」と受け入れ、被害が解決するように、定期的に診断を受けたり、訴訟をすることを大事にしましょう。

肝炎患者さんのための一日一語『曹源一滴水』



「そうげんのいってきすい」と読みます。

黄河やアマゾン川のように向こう岸が見えないほどのとうとうたる大河であっても、その始まりは一滴の水に過ぎません。

私たちは生きてゆくにあたり、どんな人でも必ずコツコツと努力をしなければなりません。朝から晩までお酒を飲んで遊んでいれば、必ずそのツケは回ってきます。

病気だって同じです。今無症候性キャリアの方も、慢性肝炎や肝がんの方も、それぞれが生きてゆく大きな大河へと挑んでいる最中でしょう。

ときに目の前が暗く感じることもあるでしょう。気持ちがふさがることもあるでしょう。でも、この大河に向けて自分が今できるかぎりの精一杯を行うことが何よりも大切なのです。

面倒だからと肝炎訴訟を投げてしまったり、無症候性キャリアだからと検査を受けなければ、そのツケは回ってくる可能性も大いにあるのです。